日本の民族衣装 着物について その歴史をひも解いてみましょう | 着物は着てこそキモノです!

日本の民族衣装 着物について その歴史をひも解いてみましょう

きものが歩んだ道


きものが歩んだ道
現在私たちが着物と呼んでいるこの形は時代の流れの中で、
幾度ものモデルチェンジを繰り返し、今日の姿となりました。
今後和服というジャンルの中で日本人の生活様式の変化に伴い、
ライフスタイルに即した形へと移行していく可能性は
大いにあると思います。
着物に限らず、伝統工芸・伝統芸能・伝統文化など、後世に伝えていくべきものは、その時代の生活スタイルやニーズに合わせたバージョンを併用できるような、頭の柔軟性が必要なのかも知れません。

着物の歴史


和服の誕生


和服の誕生


聖徳太子が派遣した遣隋使によって持ち込まれた、大陸の文明文化は日本の被服文化を形成する礎となりました。
遣隋使から遣唐使へと移り奈良時代もさらに唐の文化を旺盛に取り入れ、被服文化は国家を束ねる指導者たちの、権威を象徴するためのステイタスシンボルとなっていきました。
この頃の一般平民が、どのような衣服を着て暮らしていたかは残されていませんが、保温のためや外敵から身を守るといった、機能性重視のものであったことでしょう。
日本の被服史を調べる中で、私がもっとも重要視したい事柄は養老三年(719年)二月三日 元正天皇が発布した衣服令だと思います。
『天下百姓ををしてえりを右にせしむ』上は天皇から下は百姓まで、
えり合わせをするときは右襟を先に合わせる…
今日私たちが着物を着るとき、右襟から合わせるという着方は、何と1300年も昔から法律で決まっていたのです。
それまで大陸文化の模倣が多かった日本の、独自文化意識の目覚めではないかと感じます。



平安時代 貴族女性の第一礼装


平安時代 貴族女性の第一礼装


十二単衣(じゅうにひとえ)と呼ばれている平安時代の高貴な女性の衣裳は、女房装束(にょうぼうしょうぞく)と言い、唐衣・五つ衣・裳姿(からぎぬ・いつつぎぬ・もすがた)が正式名称。
小袖に濃紫(こきむらさき=未婚用)の長袴を穿き、その上に何枚もの単衣(ひとえ)を重ね、二倍織物の表着を着た上に唐衣・裳を着ける】貴族女性の第一礼装でした。



鎌倉・室町時代


鎌倉・室町時代


大掛りな重ね着の衣裳はしだいに式服のみに留まり、時代背景とともに活動的なものへと変わり、長袴を廃し、中に着ていた小袖の袖を大きくしたものが表着になり、模様を配されるようになって行きました。
小袖は紐のような細帯で着つけ、その上に一際立派な小袖を打ちかけて着るようになりました。
一般庶民は小袖を活動的に短くして着ていました。
その頃、中国の宋・元・明などとの貿易で優れた染織品が輸入され、
その技術者が日本に招かれ、指導を受け技術を得て行きました。



安土・桃山時代


安土・桃山時代


高度な織物や刺繍、摺り箔や辻が花と言われる絞りの技術などが出揃い、大武将のバックアップもあって、絢爛豪華な衣裳文化が形成されていきました。



江戸時代前期


江戸時代前期


太平の世も広まり、元禄小袖に繊細な模様や刺繍が見られます。
出雲の国から京にやって来た『阿国』が世相を風刺した『ややこ踊り』を踊り、それが後の歌舞伎となり、役者連中は時代のファッションリーダーとしてもてはやされていました。



江戸時代中期


江戸時代中期


それまでの小袖に細帯(紐的なもの)から、次第に帯幅が広くなり、
袖付けを小さくし、振りを開けるようになると同時に、結髪の文化が広まっていきました。(髪を結い上げる)



江戸時代後期


江戸時代後期


江戸時代は商人文化の発展も目覚しく、豪商や大店(おおだな)といったセレブが登場し、そのお内儀やお嬢様の着物はステイタスの証として手の込んだ細工のものが作られ、今も博物館などに残っているものもあります。



明治・大正時代


明治・大正時代


世はまさに文明開化、大政奉還して、身分や家柄・職業によって規制されていた衣服の形や模様使いも、明治維新になって四民平等の建前から次第に自由になっていき、庶民は上位だった武家の衣服文様を競って用い、行事や社交の儀式を生活の中に定着させ、晴れ着の文化を形成していきました。



昭和という時代


昭和という時代


日本全土を覆った不幸な出来事で、庶民の中には着飾る喜びなど持つことは出来なくなり、生きるが為に愛する着物を食料と交換し手放した人も多かったようです。
昭和中期以降の日本はどんどん洋服を取り入れた生活になり、着物は儀式的な装いの民族衣装化しつつありました。
ある時期、着物を着るという生活が中断されたため、着物を縫う・着物を着るということが特殊な技術になってしまいました。
商品価値としての縫う事や着せる事を担うプロは、技術の研鑽を高め、着物の需要が増えるよう努力をするべきでしょう。



未来の着物


未来の着物


着物の未来はどうなっていくのでしょうか?
日本の歩みとともに日本人の衣服の形は変化を遂げてきました。
これからも日本人の生活様式の変化にともない、着物の形にも変化が見られることでしょう。
伝え継がれてきたものを後世に伝え継いでいく、これは現世に生きるものの義務だと思います。
生活の中のエッセンスとして先人達のお知恵を頂き、今風和のテイストを楽しめるのは日本人である権利かもしれません。
地球上に日本が存在する限り、きもの文化を絶やすことなくありたいものです。



日本人は1300年前の元正の衣服令と言う法律を、律儀にも守り続け現在に至っていますが、その他の着物のしきたりはすべて後付のもののようで、どこかのお偉い着付け教室の先生や、お作法の先生方が着物の権威付けのために、決められたことが多いのではないでしょうか。
もちろん、式典などの会に着物を着て臨むときは、その場面の主催者が取り決めたルールであれば、参加者として守る必要があると思います。

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